浮世絵で見る江戸・亀戸

第9回 柳しま〜その1

語り手:大江戸蔵三
都内の某新聞社に勤める整理部記者。三度のメシより歴史が好きで、休日はいつも全国各地を史跡めぐり。そのためか貯金もなく、50歳を過ぎても独身。社内では「偏屈な変わり者」として冷遇されている。無類の酒好き。

聞き手:天神なぎさ
都内の某新聞社に勤める文化部の新米記者。あまり歴史好きではないのだが、郷土史を担当するハメに。内心ではエリートと呼ばれる経済部や政治部への異動を虎視眈々と狙っている。韓流ドラマが大好き。

昔は妙見さま、今はスカイツリー

今回のテーマは広重の「江戸名所百景」から「柳しま」だ。ここはねぇ、浮世絵で見るといいとこなんだけどなぁ。今じゃあまりに変わってしまって説明してもピンとこないかもしれないね。ただね、眺め自体は悪くはないんだよ。スカイツリーが良く見えるからね。

スカイツリー、まだ行ってないんですよ。この前の抽選で行ける人がうらやましい…。



ワタシなんか高所恐怖症だからね。行ったところで足がガクガクしてどうしようもないよ。それにここんとこ台風だの梅雨の長雨だの、あんまり眺めも良さそうじゃないしな。

それならせめてスカイツリータウンには行かないと。お店がたくさんあって楽しそうだもん。


どうせ観光客だらけだろ。行くもんか。そう言えば「業平橋駅」がなんで突然「とうきょうスカイツリー駅」になっちまったんだよ。


別にいいじゃない。「スカイツリー」の方がわかりやすいもの。



良くないよ。あれはさぁ、平安時代の有名なプレイボーイ、在原業平に所縁のある場所だから業平橋っていうんだよ。そもそも「言問橋」だって業平が詠んだ「名にし負はば いざこと問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと」っていう歌が元になってるんだ。

へぇ〜「言問団子」なら知ってるけど、歌は知らなかったわ。どういう意味?



業平が主人公とされる「伊勢物語」の八段に出てくるエピソードだ。東国に下った主人公が隅田川のほとりまでやってきて舟に乗る。そこで見かけた水鳥の名前を船頭に聞くと「都鳥」と答える。「都鳥」っていうのは今で言うゆりかもめのことらしいんだけど、都という言葉を聞いて主人公がついつい京の都を思い出し「都鳥という名前なら、京都のことを知っているだろう。お前に尋ねてみたい。都に残してきた愛する人は生きているのか、いないのか」という歌を詠むわけだ。

なかなかステキな話じゃない。さすが平安のプレイボーイね。っていうことは、今の言問橋のあたりでその歌を詠んだっていうこと?


実際に歌を詠んだとされる場所は、むしろ今の白鬚橋の辺りにあった「橋場の渡し」だと言われているんだ。じゃあ、なぜ離れた場所に事問橋があるのかというと、現在有力なのはさっきキミが言ってた「事問団子」、このネーミング自体は業平にちなんだものらしいんだけど、それが明治の頃から人気になったんで、店の近辺が事問ケ岡という地名になって、それが派生して橋の名前になったという、なんともツマラン説なんだけどね。

あはは。お菓子が橋の名前になるんだったら、スカイツリーが駅の名前になってもいいじゃないの。


だからさぁ、ロマンがないだろ、ロマンが。そもそも「業平橋」だって業平終焉の地と言われる場所に「業平塚」というのがあって、それが「業平天神社」になって、やがて業平橋という名前を生むわけだよ。だけど、実際には、業平が東国に来たことはあるようだけど、東国で死んだわけじゃないから、史実には反する。結局すべては想像の産物なんだ。でも、そこがいいと思わないか?愛する女を思いながら、男は最果ての地で死んでいくっていうのがロマンなんだよ。

平安時代の東京だったら、確かに最果ての地かもねぇ。昔の人って結構ロマンチックだったんだ。


「千早振る」なんて落語もあるくらいだからね。江戸っ子にとって業平っていうのは馴染み深い存在だったんだ。まぁ、それにしてもキミのせいでだいぶ話が横道に逸れたな。そろそろ本題に戻ろう。

話が脱線するのはいつも蔵三さんじゃないですか。ワタシはいつでも真っ直ぐの一本道ですよ。


何が一本道だよ。話が一方通行なだけじゃねえか。まぁいいや、この絵(写真左)の位置関係を説明すると、手前を流れるのが横十間川で、奥が北十間川、右手の橋が柳島橋。この配置は今も変わっていない。で、左手にちらりと見える赤い塀と大きな屋根が「妙見さま」と呼ばれる法性寺だ。このお寺がねぇ、残念ながら今は鉄筋コンクリートのビルになっているんだよ。

確かにピンとこないわね。柳島橋ってどこにあったか思い出せないもの。



亀戸天神の西側、天神橋から横十間川の川沿いをしばらく北上するとここにぶつかる。錦糸町駅から行っても亀戸駅から行っても、同じぐらいの距離だ。つまり、スカイツリーとは目と鼻の先ってことだ。江戸時代のちょっとした名所が、平成の今になってまた人気になるんだからわからないもんだね。

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