浮世絵で見る江戸・亀戸

第5回 亀戸天神境内〜その2

語り手:大江戸蔵三
都内の某新聞社に勤める整理部記者。三度のメシより歴史が好きで、休日はいつも全国各地を史跡めぐり。そのためか貯金もなく、50歳を過ぎても独身。社内では「偏屈な変わり者」として冷遇されている。無類の酒好き。

聞き手:天神なぎさ
都内の某新聞社に勤める文化部の新米記者。あまり歴史好きではないのだが、郷土史を担当するハメに。内心ではエリートと呼ばれる経済部や政治部への異動を虎視眈々と狙っている。韓流ドラマが大好き。

本当は関わりたくない?神様

ちょっと変わった神様って言ったって、神様は神様でしょ?どんな風に変わってるの?



簡単に言えば祟(たた)りのある神様ということだな。非業の最期を遂げた人が、その恨みを晴らすために祟ることがある。そういった魂を鎮めるために神様として奉るということだ。そういった神様を御霊(ごりょう)と言うんだ。

そもそも神様に失礼なことをするから祟るんじゃないの?祟るから神様にするって、何か順番が逆なんじゃない?


理屈はその通り。でも、御霊の歴史は結構古いんだ。記録として最古のものは貞観5年(863)に京都の神泉苑で行われた御霊会(ごりょうえ)で、ここで鎮魂が行われたのは早良親王、伊予親王、藤原吉子といった面々。みんな冤罪とかで無念の死を遂げた人ばかりなんだ。

神様にする前に、冤罪とか何とか、ひどいことをしなきゃいいじゃない。



あはは。それもその通り。でもね、奈良時代ぐらいから、すでに現代と同じようなドロドロした政争があったということさ。そもそも、御霊信仰の起源は疫神(えきしん)信仰というものがある。今でも良く「あの人は疫病神ね」なんて言うだろ。

そう言えば、この前大江戸さんとこの部長が「アイツは整理部の疫病神だ」なんて言ってましたよ。


何いってんだ!ワタシは福の神ですよ。部長こそ疫病神だよ。まぁ、それは置いといて、昔は伝染病に対して有効な治療手段がなかったし、それまで元気だった人が突然死んじゃうから、これはもう神の仕業としか思えなかったわけ。要するに何かの理由で祟っているという解釈だな。

っていうことは、病気そのものが神様になっちゃったってこと?



そう。だからその神様に、一日も早く自分たちの共同体から出て行って欲しい。それ以前に、共同体の中に入らないで欲しいというのが疫神信仰の本質だね。で、同じような理屈で強烈な恨みや怨念も神になり得ると考えたのが御霊信仰だ。

病気と同じで、できるだけ関わって欲しくないということね。



そこで御霊神社なんてものを造ってそこに封じ込めておく。さらに崇(あが)め奉ることによって、厄災から守っていただこうという一石二鳥の計算だな。


何か、都合が良すぎない?死ぬほど恨まれるようなことをした相手なのに、神様になったら味方についてくれるっていうこと?。


そこに日本人の信仰の本質というか独自性が垣間見えるね。良く言えばおおらか、悪く言えばいい加減。いい加減と言えば、さっき例に出した京都の八坂神社ね、あの神社がある地区を祇園というだろ。祇園ってどっかで聞いたことないかい?

あっ「平家物語」ね。祇園精舎の鐘の音〜



祇園精舎っていうのはお釈迦様が説法を行った場所だ。つまり仏教にゆかりの深い地名だろ。なんであの地区を祇園と呼ぶかというと、そもそも八坂神社が「祇園神社」という名前だったからだ。奉られているのは牛頭天王(ごずてんのう)という神様で、これは祇園精舎の守り神なんだ。

えっ?何だかこんがらがってきた。仏教の神様が神社に奉られてるってこと?それ以前に、仏教に神様っているの?


問題はそこなんだ。宗教の世界では釈迦やキリストのような信仰対象と、地元の神様がどっかでごちゃ混ぜになったりする。それを「習合神」と言って、牛頭天王もその一例だね。日本でも「神仏習合」というのがあって、日本古来の神と、大陸から伝わった仏教の信仰対象がどこかで一緒になった。つまり、お寺と神社、カミとホトケの明確な区別がなかったんだよ。

そういえば、神様仏様とか、神も仏もないとか言うもんね。



だから、神社の中にお寺があったり、お寺の中に神社があるというのがごく普通だった。八坂神社の場合も、習合神である牛頭天王と、日本古来の神である素戔嗚尊(スサノヲノミコト)が同一視されて、一緒に奉られたんだ。スサノヲっていうのはヤマタノオロチ退治で有名だろ。要するに牛頭天王もスサノヲも、どっちも暴力的だから似たようなもんだって感じだな。

そんなこと言っていいの?罰が当たるわよ。



そこだよ。実はそこがポイントなのさ。罰をもたらす神様だってこと。だから疫神なんだよ。みんなで持ち上げて気分良くさせるから、その代わり祟らないでね、こっちの世界にはこないでね、ということさ。だからみんなで賑やかに接待して気分を良くしていただいて、その後は御輿や山車に乗って出て行っていただく。それが祇園祭の本当の意味だ。

だから祇園祭って華やかなのね。そんな話聞いたら見に行きたくなっちゃった。



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