浮世絵で見る江戸・亀戸

第4回 亀戸天神境内〜その1

語り手:大江戸蔵三
都内の某新聞社に勤める整理部記者。三度のメシより歴史が好きで、休日はいつも全国各地を史跡めぐり。そのためか貯金もなく、50歳を過ぎても独身。社内では「偏屈な変わり者」として冷遇されている。無類の酒好き。

聞き手:天神なぎさ
都内の某新聞社に勤める文化部の新米記者。あまり歴史好きではないのだが、郷土史を担当するハメに。内心ではエリートと呼ばれる経済部や政治部への異動を虎視眈々と狙っている。韓流ドラマが大好き。

牛に引かれて?天神詣で

今回から亀戸天神でしょ。藤まつりも始まったし、ゴールデンウイークにはワタシも見に行かなくちゃ。


あんなもの行くもんじゃないよ。馬鹿みたいに人が集まるから、藤を見に行くっていうより人を見に行ってるようなもんだ。まぁ、それだけ人気があるってことだけどね。何しろ江戸時代にも大人気の観光スポットだったんだ。

でも、この広重の絵を見ると、今も昔も全然変わってないみたい。



同じアングルから撮った写真をサイトなんかで結構見かけるけど、確かに変わってないよ。春は梅、初夏は藤、秋は菊の花で賑わうのも昔からだ。


天神様っていうのは湯島にもあるけど、やっぱり梅の花が有名よね。



まぁ、もともとが菅原道真を奉った神社だからね。道真と言う人は梅が大好きで、庭の梅の木に 「東風(こち)吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」っていう和歌を詠んだら、その梅が道真を慕って九州まで飛んできたっていう伝説があるからね。

そう言えば、亀戸にも湯島にも牛の銅像みたいなのがあって、みんな撫でて行くけど、あれも何か関係あるの?


あれはね、いろんな俗説があるんだ。道真はもともと丑年の生まれで、元服の夜、白牛が角をくじいて死ぬ恐ろしい夢を見たので、牛の絵を描いて供養したという話。学者として、また政治家として立派になった道真が北山に茸狩りの宴を催した時、どこからか小牛が宴席近くにやってきて、頭を垂れた姿がいかにも道真を敬っているようだったから、館に連れ帰って可愛がった。その後道真が太宰府に左遷される途上で刺客に襲われた時、松原から荒れ狂った白牛が飛び出て、刺客の腹を突き刺した。よく見るとそれは可愛がっていた白牛だったという話。後年道真の遺言により、牛の行くままに牛車を引かせて、牛の止まった所に墓を造った。それが現在の大宰府天満宮だという話。まぁ、いろいろあって、いつの間にか梅と牛が天満宮には欠かせないということになったわけ。

要するに牛をペットにしていたってこと?なんだかわかるようなわからないような…。



牛は仏教の世界では神聖な生き物だとされているし、道真が生きた平安時代には乗り物としても、もっぱら馬より牛の方が使われていたから、凄く身近な動物だったんだよ。


ふ〜ん、牛はともかく、どうしてもともとは学者や政治家の菅原道真が神様として奉られるようになったわけ?


人間が死後神格化される例は、ブッダやキリスト以外にも、孔子廟の孔子とか三国志の関羽とか、中国でも割と普通にある。日本の場合、ざっと晴明神社の安倍晴明、車折神社の清原頼業、報徳二宮神社の二宮尊徳、本居神社の本居宣長、大石神社の大石内蔵助、南洲神社の西郷隆盛、松陰神社の吉田松陰、豊国神社の豊臣秀吉、日光東照宮の徳川家康と、例を挙げればきりがない。

それって、どういう基準で神様になっちゃうわけ?秀吉とか家康とか、神様になる以前に、結構悪いこともしてそうな気がするけど…。


まぁ、基本的には常人を遙かに超えた能力があった人、つまり「神」の如き力量を持った人をあがめるということだろうね。ただ、秀吉とか家康、近代なら東郷神社の東郷平八郎とか乃木神社の乃木希典のように、当時の国家権力の意図で神格化された例もあるね。
それじゃ、菅原道真も、神様並みに頭が良かったから、神様になったってこと?



ところがそうじゃないんだ。道真の場合は事情が違う。同じような例として神田明神とか、京都の八坂神社なんかもあるんだけど、これらは死者に対する畏怖とか自責の念から生まれた、ちょっと変わった神様なんだ。

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